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2010年 05月 11日

ふとんがふっとんだ

しょーもない。
実にしょーもないタイトルでお届けする今日のブログ更新は、僕にふりかかった昨日(日曜日)の出来事であります。
とてもしょーもないので読まない方がよろしいかとも思います。

僕はその日あいかわらずの絶好調だった。
朝からの仕事を終えて昼の1時に帰宅したわけであります。今日はためこんでいた洗濯や掃除を全て終わらせようとたくらんでいたのだ。帰ってきたと同時に洗濯物を洗濯機にぶちこみスイッチオン。そして布団をベランダに干し、ジャガイモしか入っていないカレーを食し、クイックルワイパーで床を掃除。
ここまでは完璧に家事をこなす25歳独身男性(彼女いない歴2年)。
仕事はできなくても家事はテキパキこなしちゃうぜ。
その後洗濯物を外に干し、バルコニーに干していた布団を裏返しに向かったわけだ。その辺に転がっていた服を掛けるハンガーでふとんをパンパンしてほこりを落としていたのです。
するとどうだ。パンパンが楽しくなってきたではありませんか。
パンパン。
裏返してパンパン。
反転してパンパン。
また裏返してパンパン・・・。

「うぉーーー」
宮崎の街に僕の叫び声がこだまする。
ふとんがふっとんだのだ。
(というよりもふとんが手からすべり落ちたのだ)
ふとんはそのまま隣のマンションの屋上に落下。
まずいぜ。あのふとんは田舎のばあちゃんからのプレゼントだ。とても大事にしているふとんがふっとんだのだ。急いで救出に向かわなければならない。その時僕のファッションはTシャツにパンツ、そしてハイソックスという変質者スタイルだ。でもそんなこと忘れているほど気が動転していた。急がねば。慌ててスーツの時に履く革靴を履きこなし外へ。屋外階段からふとんの無事を確認。僕の部屋は5Fで隣のマンションは3F建て。何度も言うけどその屋上にふとんがふっとんだのだ。
屋外階段から隣のマンション屋上までの距離は1メートルほど。飛べば届かない距離ではない。
僕は屋外階段の手摺にのぼって隣の屋上にダイブした。その様は仮面ライダー顔負けの跳躍力とアントニオ猪木顔負けの勇気だ。
「とうっ」。
・・・着地成功。ふとんの無事を確認し、いざ戻ろうとした。あれ・・・。屋上から見た屋外階段までの距離がとても遠く感じるではないか。これは僕の跳躍力では届かない。さあどーする。このままミスって下に落ちてみろ。そんなにダサイ死に方はないぜ。次の日のニュースでは25歳独身男性がふとんを救出に失敗し転落死。それは出来るだけ避けたい。そんなダサイ死に方は親、兄弟に申し訳ないからね。
さあどーする。ふと僕はその時、我にかえった。なんて変な格好だ。Tシャツにトランクス、そして革靴を履くという変質者スタイルではないか。
まずいぜ。なんとかして人にバレずに家に戻る方法を考えないといけない。ウロウロすること5分。あ!屋上から下に降りれるハシゴを発見。これしかないよね。うん、そうだよね。ふとんをかついだ状態でハシゴを下り人様のマンション内に侵入(ファッションは変質者)。物音をたてずに階段を駆け下り、エントランスから道路へ。
ふっふっふ。まだバレてないぜ。
その後自分のマンションへ戻り階段を駆け上がって行った所でばったり管理人のおばちゃんに遭遇。(ファッションは変質者。彼女いない歴は2年)

開いた口がふさがらないってよく聞くよね。管理人はまさにその状態。
動転している管理人さん以上に僕は気が動転していた。
思わず僕の口から出た言葉はこうだ。


「イイ天気ですね・・・。」


その後は管理人の返答を待たずして僕は階段を駆け上がり部屋に戻ったっていうはなしだ。
実にしょーもないブログ更新で申し訳ない。
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# by kelu-n | 2010-05-11 01:41 | ほかのこと
2010年 04月 29日

たまにはマジメに書いてみる(後編)

続編をお届けいたしまする。

その日はもんもんとしていた。
時は高校三年の夏休み。うだるような暑さの中、バイトをがんばっていた。バイト内容はと言えばスイカ畑での積荷〜出荷にいたるまでの一式を炎天下の中で行なうキツい仕事だ。この体力仕事を高校3年間の夏休みにずっと続けていたのであります。

早朝からの仕事を終えてお昼休憩の時間。四畳半の休憩所に一人の男登場

竹田のオヤジ「おい!飯食ったか!」
オレ「食べましたよ」

※竹田のオヤジ(仮名)とはバイト先(スイカ畑)の親方。ルックスはそのまんま東をイカツくした感じ。つまようじを常にくわえていて、ねじりハチマキが妙に似合う変なオヤジだ。スイカを軽く叩くだけでおいしいかどうかを判別できるのを特技としている。

竹田のオヤジ「おい!スイカ食うか!」
オレ「いらねぇっす」(もう食べ飽きている)
竹田のオヤジ「おい!テレビつけてくれ!」
オレ「うっす」

テレビの電源をつけてみるが映らない。

竹田のオヤジ「おい!こうやってやるんだ!」

竹田のオヤジはつまようじをくわえながらおもむろにテレビをバンバンと叩いているではないか。
するとなぜかテレビが映り始めた。

竹田のオヤジ「おい!スイカもテレビも同じなんだよ!」
オレ「・・・。」

テレビには純粋な目をした球児達が白球を追いかけている姿が映っている。甲子園ってやつだ。

竹田のオヤジ「おい!お前と同い歳くらいやな!」
オレ「ですね。」
竹田のオヤジ「おい!お前は野球やらねぇのか!」
オレ「やらねぇっす。」
竹田のオヤジ「おい!おれもこんな時代があった!」
オレ「・・・。」

その後は竹田のオヤジの若い頃の武勇伝を聞かされるはめとなったオレ。若い当時はエースピッチャーだったそうな・・。「おい!スイカも野球も同じだ!球技は昔から得意なんだ!」と訳の分からないことを語っていた。
そんなもんもんとした夏休みを送る中、父親から一冊の本をプレゼントされたのだ。おもしろい人がいるから読んでみたらとのこと。本は「太陽」という雑誌。かなり古い本だ。建築家・安藤忠雄特集・・・。僕は基本的には本など読まない子である。今まで読んだ本はと言えばスラムダンクとダイの大冒険くらいかな。マンガでやんす。でもその時はちょっと違った。便所に閉じこもりパラパラと本を開いてみる。あん時の衝撃は今でもよく覚えている。本当にビックリした。あんまり長く書くと安っぽくなっちゃうから書かないけど、とにかく「光の教会」と言われる建築の写真は美しかった。あまりのびっくりにさっきまでのウ○チが出ねぇよ。いてもたってもいられねぇ。これは行くっきゃないよね。うん、そうだよね。でもダメだよ。オレには金がねぇYo。
こりゃどーするよ。だいたい大阪までいくらかかんだよ。俺の手持ちは70円くらいだ。・・・こーなったらあいつしかいねぇ。竹田のオヤジだ。
次の日の朝、残り五日間あるバイトを休むことを竹田のオヤジに伝えるとともに給料を前借り出来ないかとお願いを試みるオレ。

竹田のオヤジ「おい!大阪には何しに行くんだ!」
オレ「ナイショっす(話すと長くなっちゃうよ)」
竹田のオヤジ「おい!俺もそんな頃があった!」
オレ「・・・。(その話は昨日聞いたYo)」

その後、竹田のオヤジはまるまる一ヶ月働いた分の給料をくれた。9万6千円(交通費込み)。最後には「おい!スイカのような男になれよ!」とよくわからないグットアドバイスもちょうだいしたってわけだ。裏でバイト仲間と「そのまんま」とか「東」とか言ってたことを心で詫び僕は旅に出る

古い雑誌と9万6千円+70円を握りしめて、レッツゴーなにわへ。


出演

オレまたは僕(いちおう主人公)

建築家 安藤忠雄(世界のANDO)

竹田のオヤジ(友情出演)
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# by kelu-n | 2010-04-29 02:27 | ケンチク
2010年 04月 23日

たまにはマジメに書いてみる(前編)

オチのないブログを更新するのもどうかと思うのでありますが、そんな日々おもろいことなんてないから書けないよね。かといってウソはつけないもんね。
事務所のHPとリンクしているから下手なことは書けないよん。
仕事野郎のオレにはそんなにネタがないのである。
だから今日はまじめに書いちゃおっかなー。
サブタイトルは「これといって何も無い男」と命名。

いたって普通のガキだった。
年齢は15才(ピチピチの高校1年生)の頃のはなしだ。
一応サッカー部に所属していたオレ。
自称「石川のレコバ」と言っていた。(オレは右利きだぜ)
練習には参加していないが、試合にはキッチリ出るのである。その日は隣町の弱小サッカー部との練習試合。もちろんオレも出場だ。背番号は「10」。だれもつけたがらないのでエースナンバーをつけるはめとなったオレ。まあそれは良しとしよう。なんでポジションがDFなんだ。10を背負ってセンターバックは無いぜ土田先生。
土田先生はオフサイドすらわかってないのでとてもお茶目な監督である。
時刻は正午ちょうどにキックオフ。
部室に転がっている誰のかわからないスパイクを履きこなし。いざ出陣。
前半5分。0-0。審判が恐ろしい剣幕でオレに近づいてくる。
審判「ピーーー(笛の音)」
オレ「?」
審判「君。スネアテは?」
オレ「ないっす」
※スネアテとはケガをしないように靴下の中にいれる道具。
審判「ケガしたらどうするんだ!」
オレ「大丈夫っす。余裕っす。」
審判「ピーーー(笛の音)」
審判は自信満々にオレにイエローカードをかざしてきたではないか。
試合には出るが、練習には出ないからあいにく道具はもちあわしちゃいないぜコノヤロー。
土田先生爆笑。
再び試合再開。
前半35分。0-3。ボロ負けムードがただよう中、懸命にがんばる石川のレコバ。(ポジションはDF)
相手チームのスルーパスが通った。
受けたのは相手チームのイケメン10番。彼にパスが通ったと同時に相手チームの美人マネージャーからその日一番の黄色い声援が飛ぶ。
ムカつくぜ。完全に裏を取られたオレ。後からタックルで削ってやろうか。前日のイメージトレーニングでは完璧に殺人タックルを決めていたオレ。でもダメだよ。オレはすでにしょーもないことでイエローをもらっているからね。ってか今のはオフサイドだろ!副審にアピールをする。するとライン際を土田先生が走っている。そう、今日は彼が副審を務めているのだ。
「しまった。あいつはオフサイドを知らねぇ」。相手チームの10番は全盛期のマラドーナ並のドリブルでキーパーを抜き去りゴールを決めた。
ハニカム笑顔が爽やかな相手の10番。
結果は0-7の大敗。
ホロ苦試合デビューとなった訳だ。試合後の足の匂い最悪。誰のスパイクだ。土田先生は「今日はビールがうまいぜ」との一言でミーティングを締めくくった。
そんな学生生活だ。
もちろん勉強はできない子だった。赤点は最高で5つ。数学は常に0点。でも保健体育は好きだぜ。スポーツはまあまあ。女の子にはモテない。sexは下手だ。ファッションセンスは35点くらいかな。趣味はないよ。特技も無いし。しゃべりはうまくない。夢もなかった。これといって何もない男だった。

ただそんな普通君の僕は一冊の本と出会うのである。
18歳の夏のことだ。
後編へつづく・・・


※レコバ・・・サッカー選手。ウルグアイ代表の10番。利き足は左。すんごいフリーキックを武器としている。
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# by kelu-n | 2010-04-23 02:21 | ほかのこと
2010年 04月 17日

えぶりでぃdeかっぷらーめん

時はランチタイムである。
OLであればウキウキしながら「今日ランチ何食べる?」と言っている時。
新婚さんのサラリーマンであればご飯の上にのりで「愛している」と描かれたお弁当箱を開けている時。
その時、俺は湯をそそいでいる。
湯を沸かし、そそぐだけ。
それだけ。
毎日食べている。
年間で300食ペースで食べている。
それはもう、いつCMの出演依頼が来てもおかしくないくらいだ。
その相手はそう。カップラーメン。
健康には良くないとわかっている。
正直もう飽きている。
ローテーション的にはこうだ。
(月)カレー味ヌードル
(火)ミソラーメンのシャキシャキもやし入
(水)豚キムチ大盛り
(木)チキンラーメン
(金)ちっちゃいシーフードヌードル+おにぎり(少しリッチ)
(土)再びカレー味ヌードル(箸を店員が入れ忘れている)
まあこんな感じだ。
このローテーションは西鉄のピッチャー稲尾様並だ。

なんとかこの食生活を打破しなくてはと僕は考えているわけである。
そんな生活を送り始めて、はや3ヶ月。休日に田舎のおかあちゃんから段ボールが届いたではないか。なんやかんやゆうても親である。息子の健康のことを考えて手料理でも送ってきたのであろう。涙ものである。
ありがたい。
手料理だろうから早めに冷蔵庫に入れないと腐っちゃう。
段ボールのガムテープを乱暴にはずしていくオレ。
問題は中身だ。開け方は問わないゼ。
すると中身はどうだ。
カップラーメンが山盛りではないか。
マジか。おかんよ。そりゃねぇぜ。
一応、下に埋もれているのではないかとほじくってみると大盛りカップ焼きそばが・・・。
うちのおかあちゃんは「笑い」をわかっているゼ。
でもサンキュー。助かります。

母の日にはお返しをしないとな。カップラーメンを。
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# by kelu-n | 2010-04-17 22:14 | ほかのこと
2010年 04月 03日

あの夏の思いで

SANAAがプリツカー賞を受賞しましたね。
すごいですよねぇ。建築家のノーベル賞と言われていますからね。

いつもSANAAが雑誌に載っているのを見るとあの夏の日を思い出す。

その日はくそ暑かった。
お盆休みにということで田舎には帰らずに建築の旅に出かけよう。ということで行き先は和歌山の建築巡りに決定した。
プラン的にはこうだ。
まず、朝一番に大阪から和歌山駅まで電車を乗り継ぎ、到着後すぐに和歌山近代美術館(設計:黒川紀章)を昼前までには見学。その後は和歌山城を横目に見つつ和歌山駅に戻り、そこから電車とバスを乗り継ぎ和歌山県のはずれにある熊野古道なかへち美術館(設計:SANAA)に行く。夕方には到着しているはずなので1時間見学後に最終(6時14分)のバスに乗れば大阪には夜中には着くというプランだ。
かなり時間的にはきついのでネットでバッチリ調べた時間配分だ。
きつい時間配分であったが、さすがはオレ。時間通りに進み、昼前には和歌山近代美術館を見終え、早く和歌山駅についたので近くにあったカレー屋でカツカレーを食し、汗だくで電車に乗り込んだ。
なんということでしょう。電車に乗る時間まで完璧。さすがオレ。
疲れたからだろうか・・電車とバスの中では爆睡。
そして熊野古道なかへち美術館に到着したのも時間通り夕方4:00。何回も言うけどさすがオレ。
まわりには何も無く、田んぼと川とぽつぽつ住宅があるその場に美術館は建っていた。
SANAAの建築はあまり見たことはなかったのでかなりウキウキしながら見ていたわけであります。閉館の5:00となり後は外観をカメラでパシャパシャ。5:30には全て見終えたのでコーヒーで一服し、時間通りばっちり帰ろうとバス時刻を確認しにバス停まで行くとそこには張り紙が。
「盆休みは最終のバスは運行しません」と書かれているではありませんか。
へっ?俺の計画は完璧だったはずがそこで一気に崩れたわけであります。
そこはコンビニもなにもない所。ここで野宿はきついぜ。一応再確認してみるがどう見ても「最終は運行しません」と書かれている。これまた一応バス停でネットで調べた時刻にバスが来るのではないかということで待っては見るものの車すら通らねぇ。
まずいぜ。
まあ野宿には慣れている俺としては早めに諦め、近くの川で今日の汗を流し、美術館の裏にあるベンチで横になった。
時はたち、ちょっと眠気が襲ってきた所。耳元で声がするではないか。

和歌山の女「あのぉ〜」
オレ「はい?」
和歌山の女「何しているんですか?」
オレ「寝てますけど」
和歌山の女「あのぉ〜もしよかったらコレどうぞ」
女はパックに入った焼きそばをオレに渡してきた。
和歌山の女「盆祭りで余ったやつなんですけど・・・」
オレ「ほんとに?ありがとー」
和歌山の女「いえいえ」

女はそそくさと帰って行った。飯も食べていなかったのでこの焼きそばはかなり嬉しい。
焼きそばにがっついた。きれいな人だったなぁ。名前くらい聞けばよかったなぁ。歳は同じくらいかなぁと思いながらもまたベンチに横になり眠りについたのである。

時はたち、のび太なみに爆睡中。するとまた耳元で声がする。
和歌山の男「すいませーん」
オレ「はい?」
暗いので相手の顔は見えない。
和歌山の男「何しているんですか?」
オレ「寝てますけど」
和歌山の男「警察のものですが」
オレ「へっ?」
和歌山の男「通報がありまして」
オレ「へっ?」

かれこれ10分の尋問をうけ、変な経緯を伝えた。
氏名、住所などをひかえられたオレ。
最後には早く帰りなさいよと一言。
帰れたら帰ってるっちゅうねん。
よく考えると通報したのはあの焼きそば女だったのかな。
女ってのはこわいもんだぜ。でも焼きそばはおいしかった。
和歌山の旅で良い勉強になったのでありました。
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# by kelu-n | 2010-04-03 22:07 | ケンチク
2010年 03月 27日

チャリのポテンシャル

みなさんお元気ですか?
僕は絶好調中畑清状態です。(めちゃ元気ということです)
ところでみなさんは通勤はなにでされていますか?車だったり、電車だったり、バスだったり色々ですよね。僕はと言えば「チャリ」です。なにを隠そう僕は車の免許を持っておりません。なんとなく車って子供の頃から好きじゃないんですよね。
事務所の先輩もボスも車でかろやかに通勤している中、僕はと言えば雨がバシャバシャ降っていようが、カミナリがハンパなく鳴っていようが、冬でクソ寒かろうがチャリです。中古の4000円で買ったチャリです。
宮崎県は車社会ですから、チャリの僕は鼻で笑われてしまう訳ですな。まわりを見渡すとチャリにまたがっているのは中学生らしき人かおばちゃんだけなんですよ。肩身が狭いわけです。ただ僕は何があろうとチャリです。中古の4000円で買ったチャリです。
僕のチャリに対する歴史は実はとても深いものがあります。
そうあれは小学校低学年の頃の話であります。当時は学校が終わるとマルシェという近くのスーパーに行くのが小学生の頃の定番でありました。そんなオシャレスポットのマルシェに行くのには僕の家の前を通るんですね。その時は友達5人くらいでいつも通りマルシェに遊びに行っていたのですが友達5人はチャリで僕一人は走って向かっていたのであります。家の前を通る時に偶然それを見かけたおかあちゃんがその日の夜に、「自転車買ってあげようか?」と僕に言ってきました。家が貧乏だったこともあり、子供ながらに気をつかって「いらないよ。僕は走るから。」と答えたわけであります。悲しい記憶ですな。ところがどっこいその2年後新品のチャリを買ってもらうこととなるわけです。今思うと品のカケラもないチョーカラフルなダサイチャリでしたが、当時の僕は嬉しくて町中をそのダサイチャリで走り回っていた記憶があります。そんなこんなで25歳のいまでもチャリにまたがっているのかもしれませんね。
ただ問題があります。
数日前に田舎のおかあちゃんからTELがありまして、「あんた。車の免許くらい持ってないと彼女できないよ」と痛いところをついてきたのです

というわけで免許をゲットしなければと思う今日この頃でありました。
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# by kelu-n | 2010-03-27 21:02 | ほかのこと
2010年 03月 19日

どーしよっかな

宮崎に来てから約3ヶ月たちました。
こっちはポカポカであったかいんですよ。
話は急に変わりますが、最近気づいたことがあるんです。

一目惚れした建築家さんの事務所に「働かせてください」と飛び込んで、OKもらってから慌てて荷物をまとめて宮崎に来たのは去年の年末の出来事。そして今更ですが気づいたんです。
それは「田舎に帰るとき大変!」ということなんです。
田舎は北陸の石川県のハズレの方。
費用と時間、これが思ったよりかかるのであります。

帰る手段をあげてみましょう・・・
1、格安飛行機案。宮崎→福岡→石川→家まで車 =往復7,8万かかるので却下
2、ずっと電車案。宮崎→小倉→新大阪→金沢→米原→和倉温泉 =往復5万で半日電車の中はつらいのでダメ 乗り継ぎ5回(笑)
3、ちょっと飛行機案。宮崎→伊丹(飛行機で) 大阪→石川(サンダーバード) =往復6万はもちろんNG
4、フェリー案。宮崎→大阪(フェリーで一万、11時間) 大阪→金沢(高速バス4千円、7時間) =帰るのに一日かかるのはどうかと思う、却下
5、他のを探す(たぶんもうない)
6、ドラえもんのどこでもドア
7、もう帰らない

電車、バスだったら帰るのに一日かかって結局休みの意味ないし、飛行機は早いけど費用かかるしで八方ふさがりな訳です。日本っていがいと広いですなぁ。
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# by kelu-n | 2010-03-19 00:26 | ほかのこと
2010年 03月 13日

職業病

とある日の午後、知り合いとなぜか金魚の水槽の話になったわけであります・・・
Kさん「あの水槽の幅ってどれくらいやった?」
オレ「400くらいじゃない」
Kさん「400?」
オレ「おう」
Kさん「あ〜400mmね。なんでミリ単位やねん」
オレ「・・・」


設計をやっている人間はどうしてもミリ単位で伝えてしまいます。ほかにも上げたらキリがありません。例えば「意匠的」とか「構造的」とか変なカテゴリー分けをしちゃったり。歩いていて「建築家○○○」みたいな広告があったら立ち止まったり。人の家あがっては天井高さを確認したり。などなど
職業病ってやつですな。
設計をやっている人なら「あるある」と思うのでは。
ちなみに柔道家は朝起きると布団に対して寝技をかけていることがあるそうです。これも柔道家の職業病です。

ここで有名巨匠建築家M野T吾さんの職業病エピソードをひとつご紹介。
M野さんが80歳の頃のはなし。
M野さんのスタッフとクライアントが東京六本木のクラブに来ていた。
バニーガールにふんしたお姉ちゃんがいる店だ。
M野さんはじっとバニーガールを見つめていた。M野さんは突然その店のスタッフを呼んで、バニーガールを指差しながらこう言った。「誠に勝手なんだが、あのお尻のボンボンをもらえないだろうか」。この申し出を店のスタッフは「申し訳ありませんが・・・」と丁寧に断り、M野さんの要望は結局かなわなかった。みんな、M野さんはどうしたんだろうと思った。後日、M野さんからスタッフに渡されたスケッチは、バニーガールのお尻についていたボンボンそっくりの照明器具だった。

これは重症の職業病ですな。
おれもそんなじいさんになりたい。
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# by kelu-n | 2010-03-13 21:11 | ケンチク